「わたし、あの時シャッター押しました。」
その2 募集要項
同じ景色でも、病気になってからは見え方が違う
皆さんが撮影した、心動いた写真と一緒に、思い出やエピソードを記してご応募ください。
風景でも、家族でも、料理でもなんでもOKです。ルールは一つ、自分が写ってないこと。
あなたの目を通して、どんなものを、どんな風に切り取ったか。
MAKEUP & PHOTOS WITH SMILES のカメラマン、金澤正人氏と一緒に送っていただいた写真とエピソードと一緒に紹介します。また、いただいた写真の中から数点を、金澤さんと書籍「自分らしく、を生きていく。」編集メンバーが個人賞を選出。
何か素敵なものをプレゼントします!
いただいた写真はできるかぎり多くご紹介する予定ではございますが、
時間の都合上ご紹介できない場合ご了承ください。
ご応募作品はすべてLAVENDER RINGのFacebookページで公開させていただきます。
■応募期間/2022年6月23日(木)〜2022年7月17日(日)
■応募対象/すべてのがんサバイバーの皆さま また、ご応募いただいた写真を、LAVENDER RINGプロジェクトの広告などに使用することに了承いただける方。
■応募点数/がんになってから撮影した、思い出深い写真 一点(おひとりさま一点のみ)
■応募方法/以下フォームから、写真をアップロードしてください。
また、どんな思い出があるか、を200文字程度で(短くても構いません)記載してください。
■応募写真について/見れば笑える、泣ける、楽しい、勇気が出るなど。
がんに罹ってから撮影された思い出深い写真。
■応募条件/ご自身が写っていないこと。
第1回わた押し 紹介作品

五十嵐 孝
金澤正人賞
金澤正人賞

五十嵐 孝
車椅子の生活になった。見える世界も変わった。泥の中から咲いた蓮の花を今は見上げる。
でも空は前と変わらない青さだった。

澤田 有希
「自分らしく、を生きていく。」編集メンバー賞
「自分らしく、を生きていく。」編集メンバー賞

澤田 有希
我が家の玄関には、亡き祖父が大事にしていた置物を置いています。 福と財を呼んでくれる縁起物と信じ玄関に飾り、勝負事や試験日などは、手を合わせ祈ったり、お腹をなでたりし、崇拝しておりました。 抗がん剤治療が始まり脱毛してからは、ウイッグスタンドに変化。 笑顔でウイッグを受け止めてくれる懐の広さに毎日癒されておりました。 布袋さんありがとう!!

加島 裕子

加島 裕子
4月20日に子宮体がんの手術を受けました。その後しばらく自宅療養をしていました。写真はその頃、腸が癒着しないように散歩をしていた時に見つけた雲です。まるで鳳凰のような鳥が青空を羽ばたいているように見えて、この雲を見て、私も今は辛いけどきっと元気になって羽ばたける日が来る!と勇気づけられました。今は経過観察で元気に頑張っています。

久田 邦博

久田 邦博
【夢の先】2001年白血病を告知された時、4人の息子たちは小学生と幼稚園でした。息子たちが成長する姿を見届けられないと悔しさで涙が溢れました。長男が20歳になるまで生き抜き一緒に酒を飲むことを生きる目標としました。長期生存を捨て目標達成の可能性が高い治療を選びました。長男と乾杯する夢が叶い、息子全員で飲める日も迎えました。当時は想像もしなかった夢の先に僕はいます。生きる喜びをありがとう。しあわせです感謝

跡部 涼子

跡部 涼子
「お母さん、たんぽぽを見つけたよ!」
術後初めての春。
息子たちとのありふれた光景に幸せを感じました。

伊勢上 雅世

伊勢上 雅世
がんに罹患したけど、元気になって、大切な人に会いに行けるようになりました。
雲の下は土砂降りだったけど、素晴らしい夕焼けと、希望に輝く一番星に勇気をもらいました。

中島 香織

中島 香織
手術後、「これからの新しい生活」に備えるために、病院食はすべて完食していました。 体力をつけなければいけない、と、食欲があることに感謝しながら一口一口を味わうことができました。 絶食しなければいけない手術当日と、麻酔でまだ朦朧としていた翌日の朝食以外のこれらの食事は、今の私の「普通の生活」に欠かせないストーリーの一コマです。

土橋 武彦

土橋 武彦
稀少がんGISTの告知から4年が経った夏休み、高校2年生になった次男と広島に行ってきた。この時、次男に自分が「がん」であることを告げると決めていた。晩御飯の時、広島に在住の仲間に同席してもらい、話すことができた。ただ、がんの事は知っていたと聞かされた。その夜は一緒のベットに寝ることになった。写真は朝起きた時に、色々と子供なりに感じていたんだなと成長を感じながらシャッターを押しました。

Maki

Maki
家族にさえ泣く姿を見せたくなかった為、告知から退院まで全て1人で対応した。入院中のベットは窓際だった為、Tokyo Sky Treeが見えた。 退院後、自らの足で、Sky Treeまで出向き、撮影。病室からの眺めとは違い、再び人生を歩き出した事に感謝。私も目の前に聳え立つSky Treeの様に逞しく生きていきたい。

白石 美穂

白石 美穂
憧れて夢みていたクルーズ旅行!大桟橋からいよいよ出港して船上デッキから,私の住む横浜の夜景を写した思い出深い一枚です!船上からみる…横浜の夜景は…本当に宝石箱のように綺麗で,感動や色々な想いが溢れてきて胸がいっぱいになり泣きながらシャッターをおしていたら,横にいた主人も同じく泣いていて…この写真を見るたびに,あの時の感動やあつくこみあげる気持ちで胸キュンになれます

福田 ゆう子

福田 ゆう子
私がカメラを向けるといつも笑顔でこちらを向いてくれる息子。この子がお腹にいる7年前にがんを告知されました。不安を抱えながら過ごした妊娠期、がん手術と同時の出産。その後も抗がん剤、放射線治療の日々が続き、慣れない育児との両立に苦戦しながら不安を抱えていました。不安で周りが見えなくなっていたあの頃の自分に「大丈夫。泣かないで。もう少し頑張れば、この笑顔に出会えるよ!」と、渡したい1枚です!

貞井 浄江

貞井 浄江
子供に恵まれなかった我が家に来てくれた 一人息子は 元保護犬、チワワの大空(たく)。我が家に笑顔が耐えなくなったと思えた矢先、主人は《肝臓がん》私は《乳がん》夫婦で癌になってしまった。精神的にも経済的にも追い込まれていく中、この子がいるから、負ける訳にはいかない!と頑張れた日々。そして、今。やっと少しだけれど、心穏やかな日々を過ごせるようになった。そんな、休日の午後のひととき。愛おしい寝顔。 《有難う》

内田 美奈

内田 美奈
がんに罹患してから見た花火大会。病気になる前はただ綺麗って見てまた来年も見れるだろうと思っていたけど、がんになって来年も絶対この花火を見ようと思うようになった。ひとつひとつを噛み締めるように空を見上げて感極まって涙を流したのを今でも鮮明に覚えている。そしてこの花火大会は2度、沢山のサバイバーが見に来て、共に涙浮かべながら生きていることを実感しています。今はコロナで花火大会が出来ませんが、またいつか開催されるときは多くのサバイバーと夜空に上がる沢山の花火を見上げたいと思います。